
とうとう、最後の日。『
コモ湖遊覧とヴィッラ・エステでの正餐』のとびっきり贅沢なオプショナル・ツアーに大部分の人が参加して出かけた後、工事屋はひとり荷物をゆっくりまとめて、ブラブラと街に出る。テルミニ駅から地下鉄に乗りサンタンブロージオへ。昔と比べ何本も路線があり、明るくなっていた。
少しは治安も良くなっているのかもしれない。かつて、置き引きにあってあまりいい印象を持っていないが、大きく移動するにはやはり便利。15分くらいで目指す教会にたどり着く。
聖アンブロジオは340年頃、
ローマ貴族の子としてドイツのトリールに生まれ、
ローマに出て、
古典や
ローマ法を修め、執政官となり、32歳でソグリア・エミリア両州の長官となった。374年、
ミラノ司教アウクセンチオが死去すると、その後継者の選出にあたってアリウス派とカトリック信者との間に衝突がおこった。
ミラノ長官であったアンブロジオは両者の仲裁に努めたが、まだ受洗していなかったアンブロジオを司教にという声があがり、アンブロジオは洗礼を受け
ミラノ司教に就任した。
その後23年間、司教の職務を誠実に果たし、すべての人に大きないつくしみを示し、信者たちを見事に指導し、教えた、また、教会の権利を皇帝に対して力強く擁護し、アリウス派に対して著作と行動で正統信仰を守ったといわれる
ミラノの守護聖人である。
教会は386年彼自身の手で着工され、死後、彼の遺体が内陣下のクリプトに安置されている。その後、9〜11世紀に再建され、前面に四角い柱廊(ポルティコ)と二本の鐘楼を持ち、ゆったりとしたリブ・ヴォールトで支えられた力強い内部空間はロンバルディア・ロマネスクの傑作と言われている。また、この地方特産である茶赤レンガの壁のテクスチャーが心を和ませる。観光地化されていず、訪れる人も少なく、嬉しいことに入場料

も取られないし、フラッシュを使わなければ撮影も許されている。絵葉書を買おうとしたら、そばにいた僧が丁寧に一つ一つ説明してくれたが、少ししか分からなかった。
ところが、ここでデジカメのメモリーが終わってしまった。高価なフィルムと違い、無造作にシャッターを押してしまい1200枚も撮影したら一杯になるのも当たり前。帰国して開いてみると、ろくな画像が撮れていなかった。また、旅行の直前に新しく購入したためにその特性が十分理解できていなかったが、使い慣れたカメラを持参すべきであった。今回の大きな反省事項である。
あとはのんびり歩いてドゥオモに出て、
ガレリア、オペラ座、
ブレラ美術館を巡り、ペックに立ち寄ってお土産を買い込み、皆さんに合流して10日間の旅はあっと言う間に終わってしまった。