
沢山のワインをバスに積み込み、西に引き返してミラノに向かう。一時間以上遅れたが誰も気にしてはいない。思い思いにイタリアを楽しむゆとりが生まれてきた。一人だけ
添乗員氏が、4時の『
最後の晩餐』の予約を気にしているが、それはそれ。
バスに乗り込むと、皆さんシエスタのお時間です。
ヴェローナを通り過ぎたのも分からない。気が付けばもうミラノの郊外の渋滞の中。バス旅行がこんなに快適なものだとは思いもよらなかった。
ミラノはもともとはケルト人が開いた街であったが、紀元前222年に
ローマに征服されメディオラヌム(中間点)と呼ばれ、イタリアからフランス、スイス・ドイツを結ぶ街道の交差点として交通の要衝であった。そして
エミリア街道
が
パヴィアの渡しを経て、
リミニ、
ローマへと繋がっていた。今日でも
ローマから発した国際列車はこの地で分離され、
一つは
3世紀末にディオクレティアヌス帝が帝国を4分国制にしたとき、西の正帝の本拠地をこの地に定めた。その後、313年、キリスト教を公認したミラノ勅令がこの地で発せられたことは余りにも有名であり、コンスタンティヌス大帝がビザンティウムに遷都した後も宮廷は存続し、その後、東西分裂した際には西ローマ帝国の首都がおかれ街は発展した。

民族大移動の後は、隣町の
パヴィアに中心地としての役割を譲り、歴史の表舞台から追いやられてしまったが、絹織物や農産物の集散地として力を蓄え、11世紀にはコムーネが成立。
ロンバルディア同盟の旗頭となるまで復興した。
しかし、要衝であるがゆえに、フランス、ドイツの干渉が激しく安定しなかった。1277年教皇グレゴリウス10世の一族でミラノの大司教であったヴィスコンティ家のオットーネが
僭主に選ばれ、1313

年マッテオT世がミラノ卿となり、1349年
僭主の地位はヴィスコンティ家の世襲となり、共和制は終焉する。その孫ガレアッツォU世が堅固な城壁を作り、その北端に城を築いた。ヴィスコンティ家の家風の特徴は分割相続で、
パヴィアを相続していたジャンガレアッツォが叔父のベルナボを倒してミラノを再統一し、
1395年ミラノ公となり、ロンバルディア、
ピエモンテ、
リグリア、エミリア、
ヴェネトにまたがる大公国を作り、ナポリ王国と並んでイタリア半島最大の強国となった。
彼は
パヴィアの大修道院やミラノの大聖堂を建立し、赤髭王(神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒT世)によって完膚なきまでに破壊されたミラノは、彼の手によって豪華な都市に生まれ変わり、商工業を発展さしヨーロッパ第一の都会となった。

彼の死後、分割相続で再び分裂したが、兄が暗殺された後
パヴィア伯のフィリッポマリーアがミラノに帰りミラノ公となる。そして彼が肝臓病で急死すると、翌日、ミラノの貴族が『自由万歳』を叫んで蜂起し、ミラノ公国を廃しアンブロジアーナ共和国を宣言する。これに乗じて宿敵ヴェネチアが侵略してくると、傭兵隊長としてフランチェスコ・スフォルツァを雇う。
彼はヴェネチアから侵略された都市を奪い返すと、矛先をミラノにむけ包囲する。自分がミラノ公のたった一人の娘婿だったので公位継承権を主張してこれを認めさせ、1450年ミラノのスフォルツァ家の支配が始まり、共和国は3年で終わる。
1450-1466年、強奪したがゆえに周囲は敵ばかりの中で、フランチェスコはフィラレーテに命じて、古い城を壊して、家族を住まわせ、自分の軍隊を訓練できる中庭をもつ壮大な城造りにとりかかる。正面には高

さ70mの華やかな角塔、両翼には高さ31mのシリンダー状の塔をもち、塔を繋ぐ圃塁は
イモラノの城と同じように鉄砲狭間が設けられ、周囲を広い堀で囲み、跳ね橋のみで外と結ばれた防御を第一に考えたイタリア最大の城である。しかし、公位継承をめぐり骨肉の争いが繰り返され、幼少の甥を廃して四男のルドヴィコ・イル・モーロが公位を得る。
イル・モーロとはムーア(アフリカ)人という意味で、肌も目も髪も黒かったが、ラテン語とフランス語に堪能で、哲学論を好み、美術にも素晴らしいセンスをもっており、
ブラマンテ、ダ・ヴィンチなど巨匠たちが招かれ、城を美しく飾り立てると共に、その他の芸術家たちもミラノに集まりルネサンスの文化が花開いた。
しかし、スフォルツァ家の栄華は短い。ヴィスコンティ家の血を引くフランスのオルレアン家が公位継承権を主張し、
ナポリ王国の継承権を主張するフランス王シャルル8世とともに1494年イタリア遠征を行い、教皇アレクサンドルY世の提唱する対仏神聖同盟にフォルノーヴォで敗れたが、
1498年フランス王になったオルレアン公ルイ?世は再びミラノ遠征を行い、ルドヴィゴは捕らえられフランスの
ロッシュ城に幽囚され1508年に没し、1535年息子の代で終焉する。その後ミラノは、フランス、スペイン、オーストリアの支配下におかれた。
写真提供 ●山中和正氏 ■東伸宏氏◆中城正堯氏
