
再び、エミリア街道に戻りリミニに向かう。その手前であのシーザーの『賽は投げられた』という言葉で有名なルビコン川を渡る。歴史上あまりにも有名なわりには全長25qあまりの小さな川で、そんな大舞台になったとはとても思えない。
もしかすると、日本だけで有名なシーンであって、他の諸国では歴史の教科書には出てこないのかもしれない。高校の世界史の授業で教わった時以来、イタリアとフランスの国境あたりにある堂々とした大河で、シーザー率いる大軍勢が鬨の声を挙げて渡っていく姿を思い浮かべていた工事屋は、拍子抜けさせられた。
とは言っても、独立共和国であるから国会も政府もあり、大統領にあたる執政もいる。ただ変わっているのは執政が二人いて、半年毎に交代するそうである。北町奉行と南町奉行がいた江戸の町(当時の江戸の方がはるかに巨大であった)みたいなもので、お互いチェックしあって僭主化を防いでいた。
これが、共和制が長く続いた要因でもある。また春秋に行われる執政の交代式は華やかで、観光収入で身を立てるサンマリノにとって大切な行事となっている。
イタリアでは、団体旅行をする際には必ずライセンスのある現地人ガイドを付けなければならない規定がある。ギルド(職能組合)が発達した国ならではの話であるが、そうしないと名所旧跡、美術館にも入れない。日本語ができるガイドなど殆どいないから、結局別に日本人の案内人が必要になる。英語ができる場合は添乗員が通訳することになるが、
添乗員は何度も訪れ、勉強しているので普通の観光コースなら十分案内できる。ひどい時にはバスに乗り込む時に「ボンジョルノ」、降りる時に「グラッツィェ、チャオ」と言うだけで、添乗員の一日分の日当以上をかっさらっていく場合もあるそうである。| MAIN | MAP | MORE |
![]() 1 遠景(San Marino) |
![]() 2 遠景(San Marino) ◆ |
![]() 3 遠景(San Marino) |
![]() 4 ロープウェイ(San Marino) ● |
![]() 5 城門(San Marino) ● |
|---|---|---|---|---|
![]() 6 グアイタ砦遠景 (San Marino) ◆ |
![]() 7 グアイタ砦遠景 (San Marino) |
![]() 8 Palazzo del Governo(San Marino)1300- ● |
![]() 9 Basilica di Sanmarino(San Marino)1300-1700再 ◆ |
![]() 10 グアイタ砦看板 (San Marino)1253 ● |
![]() 11 グアイタ砦 (San Marino)1253 |
![]() 12 グアイタ砦 (San Marino)1253 ◆ |
![]() 13 グアイタ砦 (San Marino)1253 ● |
![]() 14 グアイタ砦 (San Marino)1253 |
![]() 15 グアイタ砦 (San Marino)1253 ● |
![]() 16 グアイタ砦 (San Marino)1253 |
![]() 17 グアイタ砦 (San Marino)1253 ◆ |
![]() 18 グアイタ砦 (San Marino)1253 ◆ |
![]() 19 チェスタ砦 (San Marino)1300- |
![]() 20 チェスタ砦 (San Marino)1300- ◆ |
![]() 21 チェスタ砦 (San Marino)1300- ● |
![]() 22 チェスタ砦 (San Marino)1300- |
![]() 23 チェスタ砦 (San Marino)1300- |
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![]() 28 チェスタ砦 (San Marino)1300- ◆ |
![]() 29 チェスタ砦 (San Marino)1300- |
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