役所工事@道玄坂
古都と古城の旅-16  塔の街サンジミニアーノ

 旅程は遅れに遅れてサンジミニアーノに到着したのは午後1時をまわっていた。まずは腹ごしらえ。早速、レストランへ。食事前に手洗いにいって戻ったら、もうワインが開けられ酒盛りが始まっていた。サンジミニアーノの折り紙付の白、ベルナッチア・ディ・サンジミニアーノである。なにせ、オークラのワインセラーにマイ・ワインを預けてあるという御仁がいては案内人のオススメなど必要ない。 実をいうと、この旅を機会にソムリエへの転身を密かに狙っていた工事屋はこの時点でキッパリあきらめた。「おいしいワインを経験できるのは、知識ではなく財力である。」と思い知らされたのである。
 閑話休題。民族大移動の後の6世紀後半、ロンバルディア平原に出来たゲルマン人のロンゴバルド王国は、ビザンチン帝国にアドリア海沿岸を押さえられていた為に、フラミニア街道を使えなかった。 そのため、ローマとの交易の必要上、首都パヴィアからアペニン山脈の西側 を迂回してジェノヴァに出て、地中海沿岸を通り、ルッカピサを経由してトスカナの内陸部に入り込み、 フィレンツェ南方のポッジボンシでカッシア街道に結ぶ新街道を整備した。この街道はミラノトリノを経由してフランスまで通じ、フランチジェーナ街道と呼ばれるようになった。そのポッジボンシの少し手前のモンテ・スタッフォリの丘から分かれて、当時この地方の中心都市であったヴォルテッラへの道が通じ、8世紀には小さな市が開かれるようになり、街道の南の丘の頂上(Rocca)付近にと集落ができた。 その後、道をはさんで北側の端の崖地にヴォルテッラから派遣された司教の城館(サン・ドメニコ修道院、現刑務所)が作られ、モデナの聖人ジミニアーノの指と指輪を祭る聖堂(コレッジアータ教会)が街道沿いにできると、多くの巡礼者が集まるようになり、集落と城館を結ぶ カステッロ通り沿いに街は急速に発展し、10世紀末には街を取り囲んで城壁(周囲約500m)ができた。これがサンジミニアーノの起源である。
 その後しばらく、ヴォルテッラの司教領として圧政に耐えてきたが、12世紀中頃経済力を蓄えてきた市民と周辺地主たちの手によってコムーネが成立した。しかし、それも束の間のことで、1202年フィレンツェとの戦いに敗れ、 政治的にはフィレンツェの勢力下に組み込 まれた。それでも、経済的にはシエナの影響を受けながら、染料と香辛料に使われるサフランの栽培、葡萄酒の栽培と輸出、それに金融業が盛んになり、1300年代には繁栄の絶頂期を迎え、周囲2176m、面積約6倍の第二の城壁が完成し、人口16,000人(郊外を含む)を数えるトスカナ 有数の都市国家に発展した。ダンテが大使としてこの街に赴任したのもこの頃である。
 ただ、フィレンツェの勢力下に置かれたことによって、そのまま教皇党と皇帝党の争いがこの街に持ち込まれ、血で血を争う抗争が繰り返された。  この時期にサンジミニアーノを特徴付ける塔が建てられた。塔は石や弓矢を放つ場所であり、非常時に備え食糧を蓄え、塔にたてこもって形勢の好転する時を待つ戦略的施設であると同時に、家の権威を象徴するものであった。サンジミニアーノではポデスタ(執政官)館のロニョーザの塔の高さを超えてはならない規定があったが、大聖堂広場の角にあるひときわ高くて力強い双子の塔は皇帝党の旗頭サルヴィッチ家のもので、『2本合わせれば我が家の方が勝る』と豪語したという。 最盛期には72本もあったというが、現存する15本(大聖堂の鐘楼も含め)だけでもあれだけ壮観なのに、いったいどんな光景が見られただろうか?
 この争いは結局、1353年フィレンツェに併合されることによって終止符をうたれることになる。この結果、北方との交易もアルノ川に沿って直接フィレンツェと結ばれ、 カッシア街道が主要ルートとなり、16世紀にはシエナフィレンツェの軍門に下り、サンジミニアーノは前線基地の役割をとかれ、この町は歴史の片隅に置かれるようになってしまった。 他の諸都市でも政争が終わると無用の長物となってしまった塔は街の発展とともに次々に壊されていってしまったが、サンジミニアーノは城壁内に十分な余裕があったので、1580年残された25本の塔を残す条例を定めた。今日では、世界遺産にも登録され、中世の街並みと塔の保存が観光都市サンジミニアーノの重要な責務となっているが、はるか16世紀の昔に、塔を保存することを提案した人物がどのような人であったか興味がある。 「発展と保存」。この相反する課題の普遍的解決方法は今もって見つかっていないが、サンジミニアーノの塔を見ていると意外と容易いような気がしてならない。
写真提供 ●山中和正氏 ■東伸宏氏◆中城正堯氏Toscana_ITALIA_塔の街


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1 案内図 (San Gimignano)
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2 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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3 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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4 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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5 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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6 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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7 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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8 遠景/夕暮れ(San Gimignano)
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9 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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10 遠景/塔のある街(San Gimignano) ◆
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11 塔/ロニョーザの塔(San Gimignano)
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12 塔/ロニョーザの塔、双子の塔(San Gimingano) ●
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13 塔/双子の塔(San Gimingano)
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14 塔/双子の塔(San Gimingano) ■
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15 ロニョーザの塔(San Gimignano)
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16 塔/鐘楼とコムーネの塔(San Gimingano) ●
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17 塔/鐘楼(San Gimingano) ●
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18 塔よりの眺め(San Gimingano)
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19 塔よりの眺め(San Gimingano)
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20 塔よりの眺め(San Gimingano)
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21 塔よりの眺め(San Gimignano)
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22 塔よりの眺め(San Gimingano)
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23 塔よりの眺め(San Gimingano)
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24 塔よりの眺め(San Gimingano) ◆
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25 塔よりの眺め(San Gimingano)
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26 塔よりの眺め(San Gimingano)
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27 塔よりの眺め/Piazza della Cisterna(San Gimignano)
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28 塔よりの眺め/Piazza della Cisterna(San Gimignano)
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29 塔よりの眺め/Piazza della Cisterna(San Gimingano) ◆

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