
今回の日程の中で最も厳しいスケジュールを終えて、バスに乗り込み、ほっとして宿に向かおうとしていたら、団員の一人が「14世紀の貴族間の争いに城塞として使われたパンテオンを是非見たい。」と言いだし、バスを下りて、
ローマが初めてという彼のお供をすることにした。4時といってもまだ陽は高いし、夕食の時間には十分間があるし、のんびり歩いて行く事にした。
最高裁判所の前のウンベルト1世橋を渡り、ナボナ広場にたどりつく。かつては、ドミティアスの競技場(86)があった場所で、その形がそのまま残って幅50m長さ260mの広場ができている。広場の中央西側にはボロミーニ作のサンタ・アネーゼ教会(1657)があり、その前に
ベルニーニの四大河川の泉(1651)がある。

二人ともバロックを代表する芸術家であるが、こと建築に関する限りボロミーニの方が優っているように思う(あくまで好みの問題)。
この完成年を見てもわかるように、『教会の塔が倒れてきそうなので、ラプラタ川の男が手を上げている』ように作ったという話は
ローマっ子の作り話。彼らはこういったウィットが大好きであるが、当時二人が競い合っていたことの証である。
泉のまん前のカフェテラスに腰をおろし、ビールをご馳走になり(
エスプレッソではない!しかも、ご馳走になる場合は相手にあわさなければならない。)のんびり下町の風情を楽しむ。かつて見たフェリーニの『
ローマ』の時間まで居たかったが、まだ目的地には着いていない。
広場を横に抜けて、マダマ宮殿(メディチ家)を横に見ながらパンテオンへ。このあたりは中世から近世にかけて住宅地と発展した場所で、ルネサンスやバロック様式の邸宅や宮殿が沢山ある。
パンテオンは今では教会として使われているが、
ローマの神々を祭る万神殿として前27年にアウグスツスの女婿のアグリッパがアクティウムの海戦の勝利を記念して建てたものである。その後火災にあい、125年頃
サンタンジェロ城を作ったハドリアヌス帝が新しく作り変えたと言われる。
厚い円筒形の支壁の上に内径43.3m半球を載せ、高さも同じ43.3mである。サンピエトロのドーム(42.0m)よりも大きいこの建物を作る技術がローマ時代にあったことに驚かされる。その後邸宅の一部に組み込まれたり、14世紀の貴族間の争いには城塞として使われた。
見終わってタクシーを拾おうとしたら「トラヤヌスの戦勝塔も見なくては!」とのお言葉。結局、コルソ通りを歩いて
ヴェネチア広場まで。日本の高齢者は元気がいい。