ミラノのドゥオモはイタリアゴシックというよりはアルプスの北側の世界に近い。1386年
ヴィスコンティ家のジャン・ガレッツォによって始められたこの大プロジェクトは400年代にはオルカーニ、
ソラーリ、
アマデオ、500年代以降ペレグリーニ、ブッツィ、バッシと受け継がれ、その高さは100mを超え面積も11,700uに及ぶ。
旧市街のど真ん中に位置し、大都市
ミラノはここから他の諸都市と違って川や山に阻害されることなくきれいに放射状に発展してきた。それが豊かな工業生産を生み出す要因の一つになっている。その繁栄に肖ろうと
シチリア始め南部の地方から多くの労働者が流入し街は膨張し続けてきた。
クリスマス休暇の前に、
ミラノ発
パレルモ行きの『黄金列車』と呼ばれる急行列車に乗り合わせた事があるが、南に帰る労働者達ですし詰めで、トイレの中まで数人の人がいて往生した。待ち受ける家族にとっては名前通りの列車であったのであろう。
■画像は35年以上も前のもので現状とは大きく異なっている場合もあります。