
●同年代のヴェラスケスとレンブラントは作風が似かよっている。前者はマドリッドの宮廷を中心に、後者はアムステルダムの富裕層に人気があった肖像画家であるが、光のおりなす明暗の対比を描き出すその技法は当時の流行であったかもしれない。
自画像は売れない頃に修作の為に自分を描いたのか、若き頃の自分を美化して残しておきたかったのか若き日の姿が多い。レンブラントの作品などはとても巨匠と呼ばれる顔ではない。俳優にでもしたいくらい美男子である。その一方で、作品の中に自分を描きこむ自画像も多い。
説明書などを読むと必ずそのコメントがあって、一生懸命捜してみたりする。意外と本体の絵を見忘れてしまったりする。罪作りなことである
(絵葉書美術館-27自画像より)

●絵画が物語り性から脱皮して、動物や風景をテーマとして扱うようになったのはバロックの時代に入ってからのように思われる。依頼主の裾野が教会や宮廷から広がっていったことによって、工房制度が崩れていったのが一つの原因であるように思われる。
ボッチチェルリやラファエロもフィリッポ・リッピやペルジーノの工房で徒弟として働いて頭角を著し、やがて自分の工房を持って、パトロンの庇護のもとで絵を製作した。芸術家というより職人の世界であった。
それが、貴族や富裕市民階級のサロンに活躍の場が移り、絵がキャンバスの上に手軽に表現できるようになって肖像画や風景画が描かれるようになり、それが近世、近代絵画へと繋がっていった。
18世紀に活躍したベロットのアルノを絵がある。描きこまれた人物や建物に多少の差そあれ、醸し出す雰囲気は今日とあまり変わっていない。ゆったりとした流れと街並を映す川面に、歴史を超えた自然の寛容さを感じてしまう。川は都市にとって必要不可欠なアイテムではないだろうか?
かつて、この川のほとりで、毎晩一升瓶(キャンティ)片手に『俺はアルノ川に妊娠させられてしまった!』と蛮声をあげていた彫刻家の仲間(自称:ロダンの再来さん)がいたが、ここ暫らく音沙汰がない。もう孕む若さが無くなってしまったのだろうか。研究室でくすぶっていないで、また出かけませんか?
(絵葉書美術館-28風景画より)