
●ヴィーナスがヒロインだとすれば、ヒーローはバッカス(ギリシア名ディオニュソス)であろう。まあ、知らない人がないくらい酒の神として有名で、全能の神ゼウスと人間セメレーの子である。妻はクレタのミノス王の娘、英雄テーセウスの恋人であったアリアドネー
で、仲の良い夫婦として描かれている(ポンペイ秘儀荘)。
彼はまた、詩歌や演劇の保護者としても知られ、大衆にはとても人気があり、いろんな形で作品に登場する。有名なのはミケランジェロやカラバッジョの若くて凛々しい姿であるが、ルーベンスやバルビーナの醜い姿にわが身を重ねあわせ、笑い飛ばせなくなった自分がうらめし
い。
(絵葉書美術館-23バッカスより)
●サンタ・テレーザは16世紀後半、スペインの「女子跣足カルメル会」の創設者でたった3人しかいない女性教会博士の一人である。どちらかというと神秘的な雰囲気が強く、彼女の著作「聖人教書」に基づいて作られたローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア・カルメラ教会にあるベルニーニの最高傑作『恍惚のサンタ・テレーザ』の彫刻は聖なる愛の神が矢をもって彼女の
胸を貫く場面をあらわしている。金色に輝く光の背景が法悦の瞬間の表情を際立たせている。観光コースから離れてしまっているが、ローマ駅からさほど遠くない場所にあるのでバロック彫刻の真髄を鑑賞してもらえば幸いです。すぐ近くにバロック建築の最高傑作のサン・カルロ・クァットロ・フォンターネ教会もあります。
(絵葉書美術館-17女聖人より)

●ルネサンスが終わると絵画の中心はローマやスペイン、それにフランドル地方に移っていった。また絵画も肖像画が中心となって、宮廷画家たちが活躍した。巨匠ルーベンスに「最も優れたわが弟子」と言わしめたヴァン・ダイク(1599-1641)は14歳にてアントワ
ープでデビューし、22歳の時ジェノヴァにやって来てイタリア各地の宮廷で多くの肖像画を残した若き天才画家である。筆使いの名手と言われたように、踊るような筆跡が画面に躍動感を与えルネサンスの終焉を告げている。
彼が晩年(1641没)を過ごしたロンドンで描いた『チャールズ1世とヘンリエッタ』がフィレンツェのピッチ宮殿にある。いかなる経緯でこの地に所蔵されているのかしらないが、清教徒革命(1642〜)で処刑されたイギリスの王とその后の肖像画に接するとは思いもよらなかった。
ヴァン・ダイクによって克明に描かれたギョロ目と厚い唇に象徴される神経質そうな顔立ちは、間近に迫った不幸を予感させるかのようである。事実、彼はかん高く王の権威を唱えるだけで、カトリックや清教徒と対立し、内乱を起こし、結局はクロムウェルの軍(鉄騎隊)に捕らえられ、斬首された。
高校時代の教科書ではまるで別次元の出来事として語られていたルネサンスと清教徒革命がこんなに近い関係であったなんて、思ってもみなかった。考えてみると、教科書の執筆者は政治史や経済史の研究者で美術には門外漢であることが多く当然のことなのかもしれないが、知識としてではなく趣味の一部として歴史を見ることが出来るようになったのは楽しいことである。
(絵葉書美術館-26肖像画3より)