
ルネサンス後期の天才ラファエロ、ミケランジェロの後に現れたブロンジーノ、ロッソ・フィオレンチーノ、パルミジャニーノ達はマニエリストと呼ばれる。模倣者とか技巧者とかの多少侮蔑的なニュアンスのある呼び名であるが、
後世の美術評論家が勝手に位置づけた呼称に異議を差し挟むであろう。彼等は巨匠達を凌ぐ技法をもっているし、新しい物を求めて努力している。ブロンジーノの澄み切った細部までの表現主義、パルミジャニーノの首長のマリアに見られる不安定な
構図、フィオレンティーノの叙情的な暗さの表現方法など特異な嗜好が見られる。結局、それらはバロックという大きな波に飲み込まれてしまうのであるが……。
(絵葉書美術館-12聖母子5より)

●ブロンジーノは16世紀中期に活躍した肖像画家である。神経質といえるまで細部を描く彼の手法は心のひだまで表現しているように感じられる。はるばるスペインから嫁いできたエレオノラの肖像画は、異国の地で子をなした若い母親に宿る不安な気持ちを透き通るような瞳に凝結させ、スペイン風の刺繍のひだのひとつひとつにしっかり根をおろした自信をみなぎらせているように感じさせてしまう。
彼はベッキオ宮殿の大広間にもエレオノラと彼女の夫、初代トスカーナ大公のコジモ一世の肖像画を描いている。メディチ家の教皇レオ10世が家系存続の為に、無理矢理、傍系の男児に名付けたコジモであり、名前を拝借されたメディチ家の始祖の老コジモは、彼の友人のポントルモが描いている。二人ともマニエリズム期の画家として有名である。
(絵葉書美術館-25肖像画2より)

●ウフィッツィ美術館の設計者として有名なジョルジョ・ヴァザーリは16世紀に活躍したマニエリストで、建築、絵画、評論の分野で多くの業績を残している。特にチマブーエからミケランジェロに至る163人の芸術家達の評伝『画家・彫刻家・建築家列伝』
は美術史を語る上で不可欠の作品である。その中で『再生(rinascita)』という言葉を用いたが、それが今日この時期の芸術活動を『ルネサンス(rinascimento)』と呼ぶ元になったのは有名なことである。
絵画でもこのページに取り上げたベッキオ宮殿の大広間の壁画(ミケランジェロとダヴィンチの未完の作品の上に描かれている)や花の大聖堂の天蓋の『最後の審判』等、数多くの作品を残しマルチタレントぶりを発揮している。それは、丁度フィレンツェがメディチ家の大公国に組み入れられた時期と重なり、ルネサンスが終焉した。
(絵葉書美術館-30戦いより)