
●ロッソ・フィオレンティーノやポントルモの師であったアンドレアは父親が仕立屋(サルト)であったからアンドレア・デル・サルトと呼ばれている。しかし、若い頃は金銀細工師のもとで修業したが、成じるにつれ素描や油彩に興味をいだき、周囲から賞賛されるようになり、やがてメディティ家の庇護をうけるようになったという。
その経歴にもとづくものなのか、彫刻的な描写方法は彼の尊敬するミケランジェロの解剖学的な描写に通じるところもある。しかし、
明暗の対比や抑制された色使いには、ルネサンスとは異なる息吹が感じられ、フィレンツェのマリエニズムの先駆者とも言われている。義理の娘(連れ子)を描いたものと言われている左の肖像画は、わずかに頭を傾け、横目で優しく父親を見つめている姿を描いているが陰になった右目の方が存在感がある。どこか気分を不安定にさせられる作品である。
手に持つ本は当時の詩人ペトラルカのソネットを集めた詩集で『熱き吐息よ、冷酷な心に向かって行け』と書かれているそうで、絵画が物語性や記録性から離れて、
作者の心の表現手段として一人立ちしてきたとも言える。なさぬ仲の美しい娘への精一杯の愛情表現かもしれない。
(絵葉書美術館-25肖像画2より)