
●受胎告知からエジプトへの脱出まで間のキリストの幼児期を題材にした作品である。『訪問』はマリアの従姉であるエリザベスも又、大天使ガブリエルの告知を受け洗礼者ジョバンニを身籠もっていることを知り、マリアが訪問する(ルカ伝)を題材にしている。
『生誕』はベツレヘムの馬小屋での出来事で、羊飼いへのお告げ、羊飼いの礼拝、三賢人の礼拝、宮参りへと話が続く。一つの権威が後世の語り伝えによって(福音書)に形成されていった過程におおいに興味が涌いてくる。
またデューラーやロットのような1500年代の作品になると三賢人の一人が黒人として描かれているのは、その時、大航海時代とカトリックの世界布教とが平行していた事を思い出すと良く理解できる。
(絵葉書美術館-2三王の礼拝より)
どうも、根が下品にできているのか、アダムとイブの話題になると『無花果の葉っぱ』が一番先に思い浮かぶ。高校の世界史の教師が反宗教改革の授業の際に『全てのイブの前を隠してしまった』という話の印象があまりにも強く、しっかり記憶中枢に鎮座ましましてしまった。
当時はまだ『平凡パンチ』が世に出たばかりで、水着姿のグラビアを食い入るように見ていた田舎の高校生には、無花果の葉っぱの裏側の世界が、そのまま西洋文明に合致してしまった。見たくもないヘアーヌードが一般週刊誌に氾濫している昨今では考えられないことかもしれ
ない。
●ウフィッツィに並んで懸かっていたデューラーとクラナッハの2対の絵画はこの美術館を訪れる人達に一服の清涼感を与えている。

北方系の研ぎ澄まされた筆使いと色や、その題材のわかりやすさが、イタリアルネサンスに圧倒された鑑賞者の目を癒してくれる。
尚、デューラーが同じ時描いた一対がマドリッドのプラド美術館にもあり、驚かされた。(左:デューラー(Uffizi、Prado)、右:クラナッハ)
(絵葉書美術館-19旧約聖書1より)