
●皮鞣し職人の息子であることから『ボッチチェルリ』と呼ばれるようになった絵の上手なサンドロは、フィリッポ・リッピやヴェロッキオの下で徒弟奉公をし、25才のころ独立画家として

認められるようになる。そして、メディチ家の庇護を受け『春』や『ヴィーナス誕生』といった生気あふれる作品を手がけ、
当代随一の画家としてもてはやされる。しかし、この『聖母の戴冠』を描いた頃には、メディチ家の追放やサヴォナローラの焚刑な
どといった政変に翻弄され、彼の画風も精神もだんだん変化していった。天使が舞いマリアが主の祝福を受ける上界と下界の聖人達を明確に分断した画面構成は、
それまで構図の素晴らしさで他の画家たちを圧倒してきたボッチチェルリには見られない構成である。どこか、暗示性に富み、これ以降の『讒言』『降誕』(右画像)に見られる神秘主義的な表現方法である。そして、彼はだんだん孤立していき、不遇なうちに生涯を終えたという。
(絵葉書美術館-7聖母マリアより)

●ジュディッタは民族(イスラエル)の尊厳を守るために敵将ホロフェルネスの寝首を掻く美しい寡婦である。ウフィッツィのボッチチェルリの小品(何枚も買ったはずが全て使い切ってしまっていた)
が有名であるが、美女が髭もじゃの切り取られた頭部を掲げるという猟奇性にひきつけられるのか、アローリを初めとしてバロック期の多くの作家が題材に取り上げている。
実をいうと、私が聖書を読み始めたのはこの作品を見てからである。絵の前にある『ジュディッタ』という説明だけでは、この美しい女性は悪女なのか、それとも仇討ちなのかまるで見当がつかなかった。解説書にも題材についての説明はまるでない。そこで、日本から聖書を送ってもらった。
全く、不純な動機である。新しく相互リンクを張って頂いた30番地教会の牧師さん、あきれないで下さい。
(絵葉書美術館-21ジュディッタより)

●以前にも書いたはずだが、ボッチチェルリの『カルーニア(讒言)』という小さな絵がウフィッツィ美術館にある。まだルキアノスもアペレも知らなかった工事屋が何度も繰り返し見ていたら、横から来た僧侶が、人差し指と中指を軽くまげて、絵の上をトントントンとたたいて(30年前のウフィッツィは開放的で誰でも全ての作品に近づく事が出来し、彫刻に触れても監視人は文句も言わなかった。?)、こちらを見て微笑んで過ぎ去っていった。
それ以来ずっと気になっていた作品で、工事屋のお気に入りの一つである。
この絵は2世紀のシリアの風刺作家ルキアノスの文章を下に、フィレンツェの画壇から遠ざけられていた晩年のボッチチェルリが描いた作品で『アペレの讒言』と呼ばれている。
アペレ(希名:アペレス)は前4世紀のプトレマイオス王の宮廷画家で、「アペレスが仲間のアンティピロスの嫉妬心から反逆者への内報者と讒言され王の前に引き出された経験を、後に無実が証明された後で自分への戒めの為に描いた。」という逸話を元に、ボッチチェルリが描がいた。
なんとなく、不遇な自分の身に重ねあわせたような悲壮感を感じるのは工事屋だけであろうか。また、男色の疑いで告発されたことのある(結婚歴もない)ボッチチェルリが、美しい女性像で寓意の登場人物を固めたのも気になるし、
登場人物は左から順に、アレーティア・真実、メタノイア・後悔、アパテー・欺瞞、アペレ、ディアボレー・中傷、エピプーレー・裏切り、プトノス・嫉妬、ヒュポレーシプス・疑念、プトレマイオス王、アグノイア・無知の錚錚たる面々だが、現代に於いても無縁の出来ごとでは無く、真実の指差す方向が気にかかる。とにかく知れば知るほど気になる作品である。
アペレの詳しい解説は近藤司朗氏の
古典ギリシア語事始・ルキアノス『中傷をやすやすと信じないこと』のページを見て下さい。
(絵葉書美術館-31寓意、物語より)