| GUIDO DA SIENA | /P. | 13C中 siena | - |
| MAESTRO BUONO | /A. | 13C中 firenze | - |
| MAESTRO DEL BIGALLO | /P. | 13C中 firenze | - |
| MAESTRO DELLA MADDALENA | /P. | 13C中 fiorentino | - |
| MAESTRO DI VARLUNGO | /P. | 13C中 casentino | - |
| DUCCIO DI BUONISEGNA | /P. | 1260 siena | - 1318 |
| GIOVANNI DI COSMA | /S. | 1260 fiorentino | - firenze |
| GIOTTO DI BONDONE | /P.A.S. | 1267 vespignano di vicchi | - 1337 |
| FRA BEVIGNATE DA PERUGIA | /A.S. | 1270 perugia | - orvieto |
| TORRITI IACOPO | /P. | 1275 roma | - |
| MAESTRO DI S.CECILIA | /P. | 1280 toscano | - |
| MAESTRO DI S.GAGGIO | /P. | 1280 fiorentino | - |
| /A.建築 P.絵画 S.彫刻 |
13世紀に入るとヨーロッパでは大きな宗教上の出来事が起こる。一つは、フランスで始まった土着信仰と結びついたマリア信仰であり、もう一つはイタリアのアッシジに起こったフランチェスコ教団(1223)の発足である。特にマリア信仰は、13世紀末に十字軍が失敗のうちに終了されるとその失望感を埋め合わせるように、ヨーロッパ各地に広まった。
フランスではノートルダム(我らが女王)、イタリアではサンタ・マリアを冠する教会堂が次々に建立され、その母性を強調する聖母子像の祭壇画や彫刻が作られた。この時期に活躍したのが、トスカーナ派ゴシックの三巨匠と呼ばれるチマブーエ、ドゥッチョ、ジォットの三人である。
彼らは台頭してきた都市国家(コムーネ)の富裕層の支持を受けて、煌びやかな画風で一世を風靡した。特に、ジォットはアッシジのサンフランチェスコ教会やパドヴァのスクロベーニ礼拝堂の壁画など、イタリア各地(他にもリミニ、ローマ、ナポリ)で多くの作品を残すとともに、フィレンツェの大聖堂の鐘楼まで手がけるタレントぶりを発揮した。
また、『オニサンティの聖母』の空間の三次元的表現はそれまでの絵画には見られなかったもので、その革新性は同時代のダンテからも大きな評価を受けることになった。ルネサンスをこの時期まで遡らせる美術史家もいるという。
一方、フィレンツェに対抗するように台頭してきたシエナでも、同じ時代ドゥッチョが活躍を始める。ビザンティン絵画を思わせるような金色を沢山使った華やかさはシエナ市民の熱狂的な支持を受けて数多くの作品を残した。シエナ市民は今でも『トスカナ・ルネサンスはシエナから起こった。ジョットーはドゥッチョの真似をして有名になっただけさ。』と広言しているが、
一つにはドゥッチョの方が6,7歳早く生まれていることもあろうが、先月のカターニャのサッカーファンの暴動を見ても、いつまでたっても都市間の対抗意識が抜けないのはイタリアの悪い点かもしれない。

●アッシジの富裕な商人の息子であったサン・フランチェスコは13世紀初期、清貧な生活の中で神に仕える道を提唱し、世俗の中に埋没しようとしていた当時のカトリック教会に大きな影響を与えた。彼とその賛同者らは托鉢修道者の教団として世に受け入れられ、法王の認可
を得られるようになった。その後、イタリア全土にその運動が広がり、アッシジには彼らの総本山というべき巨大なサン・フランチェスコ寺院が建設され、その名前を冠する教会の數はサンタ・マリアに次いで多いのではないかと思う。
彼の生涯を描いた絵の中でジョットーの作品が特に有名である。宗教精神を変えようとして立ち上がった先人に、絵画の世界の変革者が共感を抱いたのも分かるような気がする。それは、やがて大きなうねりとなり、ルネサンスや宗教改革へ続いていった。
(絵葉書美術館-16聖フランチェスコより)
●初期キリスト教時代からゴシック期までの聖母子像です。イタリアの教会では十字架と共に必ずといって良いほどこの絵(像)が飾られている。迫害と慈悲の対比を演出しているのだろう。
1300年頃、十字軍の失敗からなんとか立ち直ろうとしているヨーロッパの民衆の神の救済への渇望が、聖母マリアという対象を作りだし、チマブーエ、ジョットー、ドゥッチョらに活躍の場を与えたとも言えるのではないか。
それは、あくまでもけがれ無き美しさと優しさを要求された。
シエナ派の巨匠と呼ばれるヅッチィォ(ドゥッチョ)は『マドンナの微笑み』で有名である(個人的にはモナリザの微笑より品があると思う)。チマブーエの弟子であると言われ,
彼の代表作である『ルッチェライの聖母』は18世紀の末までチマブーエの作と思われてきた。6人の天使たちも清楚な顔立ちをしている。ジョットーを含め、ゴシック盛期の聖母の顔を見比べて下さい。
左からチマブーエ、ヅッチョ、ジョットーの聖母です。
(絵葉書美術館-8聖母子−1より)