
ローマの文化は略奪と融合の中で発展する。フィレンツェのオルカーニャ柱楼にあるジャンボロ−ニャの『サビネの略奪』は、ローマの創世期にサビーニ族の女性を奪って妻にした話をもとに作られた彫刻であるが、ローマ人は周囲の民族を征服すると、宥和政策で懐柔し文化も取り込んでいった。エトルリアの文字や土木技術、
ギリシアの彫刻や哲学、果ては神までも取り込み、オリエントやエジプトからは食料と巨大建造技術などありとあらゆるものをローマに運び込んだ。『全ての道はローマに通ずる』と呼ばれた街道を整備したのも、その略奪品を運ぶためのものであったといえる。
こうして爛熟しきったローマ文化はその簒奪するものがなくなった時、異民族の侵入を受けて消滅する。ラオコーンやポンペイの壁画を見ていると、そこにあるものは模倣と退廃であり、ギリシアに見られる鮮烈さが欠けているように思えて仕方がない。

●やっと、ヴィーナスの登場です。ボッチチェルリの『ヴィーナスの誕生』はあまりにも有名で、恐れ多くて今更工事屋如きが論じる作品ではありません。ローマ神話ではもともと春と草木の下級の女神様だったそうですが、泡(aphros)から生まれた愛と美と豊饒のギリ
シア神のアフロディテと同一神とみなされるようになってからメジャーな女神として扱われるようになったそうです。
また、シーザーやアウグストゥスのユリウス家がこの女神の末裔と称していたことは有名であり、神と人間が非常に近い存在であったことの証である。(左;ローマのヴィーナス 右:アフロディテ(ポンペイ))
イタリアでも、『バッコ、タバッコ、ヴェネレ』は男の甲斐性と言われていますが、最初にこの慣用句を聞いた時バッコがバッカス、ヴェネレがヴィーナス、まではすぐ分かったのですが、「タバッコなんて神様いたっけ?」と真面目に考えてしまいました。日本の『
呑む、打つ、買う』と非常に良く似て、調子良い言葉ですが、
こんな、ところにまで神様がお出ましになられる世界です。えっ、『泡の女神はもっと近しい』って……。困ったもんだ。
(絵葉書美術館-23ヴィーナスより)
●写真がなかった時代、多くの彫像や肖像画が作られた。多くは時の権力者や指導者達のものであるが、ポンペイで出土された壁画は庶民の姿が描かれている。実に細やかな愛情溢れる表現方法が見るものの心を和ませてくれる。
私のお気に入りはナポリの国立博物館にある『令嬢』である。清楚で知的な表情にとりこになってしまった。
現代においても充分通用するファッション性におもわず街行く若いお姉さんと比較してしまうのは年喰ってしまった証拠なのかもしれないと思う工事屋です。
(絵葉書美術館-24肖像画より)
●ポンペイの傍にある秘儀荘はディュオニソス(バッカス・酒と演劇の神)を祭る秘密の儀式を描いた絵が有名である。ディュオニソス信仰はギリシアを中心に広まった秘密めいた熱狂的信仰で、それが南イタリアにも伝わったけっかであろう。
ディュオニソスの婚儀、踊る巫女、入信の鞭打ち儀式、パピルスを読む少年など、ポンペイの赤を背に非常に鮮明に描かれている。多分、ポンペイの有力者の別荘だっただろうが、持ち主は相当の数寄者だったと推測される。
(絵葉書美術館-29 結婚、祭りより)