 エーゲ文明(クレタ出土) 広口水差し |
とうとう、当美術館の所蔵品も底をつきました。また並び変えて特設展示を企画するつもりですが、
長い間訪れてくださって、本当にありがとうございました。
最後は種々雑多な品々です。結構、興味がおありだったりして……。私は蚤の市が大好きでした。くるみ割りの良いのを手に入れて一週間飲まず食わずの生活を強いられたこともありました。
美術と工芸の境目は難しい。エーゲの壺を見ていると、美が日常生活の中から育まれてきたことに改めて気付かされる。
この美しい形から注がれた
ワインをかたむける時、古代の人たちは3000年後の世界をどのように描いていたか興味がつきない。
 ルカ・デラ・ロッビア 絹織物組合紋章 |
 アンドレア・デラ・ロッビア 子供 |
ルカ・デラ・ロッビアは
フィレンツェ出身で、小さい頃は彫金師のもとで修業をしていたが、そのデッサン力を認められ、彫刻家として活躍するようになる。大聖堂博物館にある聖歌隊席の大理石彫刻では市民の賞賛をあび、名誉と報酬を得たが、
ヴァザーリの言によれば『収入はほんのわずかなのに、労力は甚大であることが分かったため、
大理石とブロンズを止めて、テラコッタ(陶器)の製作にのりだした』。
ただ、それまでの陶器は素焼きで土器に近くて水にもろくて耐久性がなかったので、自分自身の力で釉薬を開発し、彩色も可能とした(オルサンミケーレの組合紋章等)。
その結果、イタリア国内だけでなく、フランスやスペインからも多くの注文が入り、自分一人では注文をさばくことが不可能となり、兄弟を引き入れて工房をつくり、多くの作品を生み出した。今で言ったら『勝ち組』の仲間かもしれない。
彼の死後も、甥の
アンドレア・デラ・ロッビアが工房を引き継ぎ、受胎告知広場にある孤児救護院(
ブルネレスキ作)の壁面を飾る『赤ん坊のメダリオン』やバルジェロの『栄光の聖母』など、ロッビアの青と言われる特徴的な
レリーフを数多く残した。