
ロンバルディア派の
マンテーニャの絵はどこまでも暗い。この暗さの源はポー河にかかる霧のせいかもしれない。糸杉の続く水田地帯を走りながら思った。しかし、心にずっしり残っているしこりはどうしようもない。
ボッチチェルリは
『春』『
ヴィーナス誕生』という作品で有名であるが、どうも題名で得しているような気がする。その表情には憂鬱が隠されている。ここに描かれたマリアも、どこか憂いに包まれている。やはりアルノ河の霧のせいだろうか。
ベネチア派の
チツィアーノの豊潤さはもうルネサンスの終わりを告げようとしている。同じ霧でも、
サンマルコ広場にかかる海の霧は、バロックの息吹を運んできたようだ。
フィリッピーノ・リッピ(1457-1504)はその名の示すとおり(inoの接尾語は小さいを表す。小フィリッポという意味)かの有名な破戒僧
フィリッポ・リッピと駆け落ち相手のモデルの修道女ルクレティア・ブーティとの息子であり、父の弟子
ボッチチェルリの弟子となって画家として認められる。
初めの頃はそのことを知らず、同じリッピなのになぜ画風が違うのか不思議に思ったのであるが、inoという文字を読み落としていただけであった。どちらかというと父のフィリッポや師匠の
ボッチチェルリの影に隠れるような存在であるが、1500年前後の時期、
フィレンツェの有力者の庇護を受け、
ヴェッキオ宮殿の祭壇画やバディア修道院の聖ベルナルドの幻視などを手がけ、
フィレンツェ画壇の寵児となり、
ローマにも呼ばれヴァティカンのカラファ礼拝堂の壁画(
フレスコ)も手がけた。
彼の描く絵は繊細過ぎて、マニエラに走りすぎているきらいも無くはないが、二人の巨匠が身近にいればさぞやり難かったと思われる。