又しても、前置きです。復活祭と言うのは3月21日以後の満月の後の最初の日曜日だそうである。丁度、春先の木の芽が萌え始める季節で、復活という言葉にふさわしいと思うが、
何故、
生誕祭は12月25日とはっきり決まっているのに、復活祭は月の満ち欠けまで頼りにして決めているので
しょうか? ご存じの方は是非、教えて下さい。それに、新学年が日本と違って復活祭の休みの後ではなくて秋なのか、ずっと不思議に思ってきた。いずれにしろ、休みは嬉しかったけれど。

復活を題材にした作品の中で最もお気に入りは
アレッツォの奥にある小さな街
サンセポルクロの町立美術館にあるピエロ・デラ・
フランチェスカの作品である。
彩度の低いパステル調のフレスコ画に心を奪われ、予定を変更して1泊するはめになってしまった。聖書では墓が開かれ遺体が消えているのを
マダレーナが発見するという間接的な表現であるが、

十字架の旗を持ち眠っている兵士達を前に、キリストが棺に片足をのせ仁王立ちする構図には、思わず「大統領!」と声を掛けたくなる雰囲気がある。また同じ作者の傑作『慈悲のマドンナ』も展示されているので、是非足を運んでみて下さい。
また、
サンタ・マリア・デラ・ノヴェッラ教会にある
マサッチォの三身一体図は透視図的技法が明確に用いられており、ルネサンスの最初の作品と言われている。
昨今、美術史家の間でルネサンスは
ジョットーまで遡るという話が出ているそうですが、全ての様式は突然現れてくる訳では無く
その萌芽はずっと前から存在しているはずで、今更、難しくしなくても良いのにと思う素人であります。
二つの作品とも教会の壁にフレスコ画法で直接描かれている。フレスコというのは英語のfreshにあたる『新鮮な』という意味で、生乾きの漆喰の上に筆で直接染料を染込まして描いていく方法で、漆喰を塗る一方で、乾ききらぬうちに描くという迅速な作業が要求され、
修正するには壁を削りとらなければならない。とてつもない重労働であるが、時を経ても色の劣化が少なく、盗難の恐れもない。好んで、教会の壁画に用いられた。
システィーナ礼拝堂や
アッシジの
サン・フランチェスコ教会が有名である。
又、中世後半に開発されたテンペラ画法は、顔料を卵の黄身で練って板の上(実際は、麻布を貼りジェッソを流し込んで作った携帯壁)に描く方法である。色艶が美しく、上書きができ、持ち運びも可能で、十字架や祭壇画などの板絵に用いられた。ボッティチェルリの
『春』
や『
ヴィーナス誕生』もこの技法で描かれている。
その後、樹脂で練った顔料を
キャンバスに描く油絵の方法が用いられるようになり、絵画は工房から絵描きの手に解放され、いろんな絵が描かれるようになった。現代ではアクリル樹脂で練った絵の具も開発され、より選択肢が広がっている。尚、水彩絵の具は薄い膠で顔料を定着
させる技法である。