イタリアに行くまで美術や聖書についての知識が赤子同然であった私が、その分野で最初に覚えたのが『Annunziata』という言葉であった。
フィレンツェに着いた日に、紹介された先住留学生に指定された待ち合わせ場所が
SS.Annunziata広場である。
大学のそばで観光地としても有名な場所であるが、さしずめ日本に初めて来た人に湯島天神の境内を待ち合わせ場所に指定するようなもので、歩いて5分とかからない所に大聖堂があるのに不親切な人だと感じた。
しかし、住んでみて初めて彼の気持ちが分かった。こちらは初めての土地で、情報を得ようと藁にもすがる思いでつてを求めて紹介してもらった人であるが、むこうにとっては次から次へと紹介されてくる未知の新人でしかない。
仏心を起こしたら、日常生活が成り立たないので、大学からアパートへの帰宅途中の分かり易い場所を選んだだけのことである。お付き合いしてみると、とても親切な人であったが、最初の出来事だったので
Annunziataという言葉と一緒に強く印象に残っている。
前置きが長くなったが、『受胎告知(Annunciazione)』は『
ピエタ(哀れみ)』とともに競って画家や彫刻家に取り上げられる題材である。大天使ガブリエルがマリアに化肉を聖告する単純な場面構成であるが、マリアの表情やガブリエルの手の
形にそれぞれ特徴があっておもしろい。また、二人の口からどういった言葉が発せられたか想像するはどうであろうか。
例えば、ロマネスク期の
サン・ゼノ教会の彫刻では『マリア、おめ、孕んだではねえのか?』『んだ。エホバどんがしつこくて。』と素朴な会話が聞こえてくるし、
シモーネ・
マルティーニの作品では『マリアお嬢様、もしかすると……』『そういえば……。困ったわ、お父様になんと言おうかしら。』という恥じらいと躊躇いを含んだ会話を想像してしまう。そして、
ダヴィンチの作品では
『姫、おめでとうございます。』『これで、あの人も観念するわね。』と自信に満ちあふれたマリアを思い浮かべるのは、不謹慎であるが楽しいことである。
25年以上過ぎて再び
ウフィッツィ美術館を訪れ、どうしても見たかった作品の一つであるシモーネ・
マルティーニの『受胎告知』は眩いばかりに輝いていた。もともと、
シエナの大聖堂に飾られていたものであるが、18世紀末、トスカナ大公が無理矢理
ウフィッツィに持ってきたものである。
シエナ市民の悔しさはいかばかりであっただろう。