1900年代の初めになると、
ライトはアメリカ各地で住宅を手がけるようになる。そして彼の作風は縦線と切妻を重視したシングル・スタイルから、アメリカ中西部の草原・プレイリーをイメージさせるような水平線を強調する作風に変わっていく。
同時に平面も暖炉を中心に長く伸び、最新の材料コンクリートを用いた軒やキャンチレバーのバルコニーが張り出してより水平線を強調するようになった。
オークパークでも、1901年に完成したトーマス邸、翌年にハートレイ邸がプレイリー・スタイルで
作られ、その後、代表作とも言われる
シカゴのロビー邸(1906、現
ライト財団ビル)ペンシルヴァニアのカウフマン邸(1935、落水荘)へと続いていく。