60年代になって、余りにも無味乾燥な四角い建物の周りに少しでも潤いをもたそうと、サンクンガーデンや小公園がつくられるようになり、市民に憩いの場を与えている。前述の
シティコープセンターの開放的な足元には広場、教会、ショッピングセンターが作られ、
53丁目のビルとビルの小さな空き地には人工的な滝と木立で構成されたペイリー・パークなどが作られた。ただ、何といっても19世紀末に作られた340万uの広さ(新宿御苑の約60倍)を持つセントラル・パークの都市環境に対する貢献度にはかなわないけれども……。
70年代になると、モダニズムへの反動の狼煙が上がってくる。ロバート・ヴェンチューリはその著作『建築の多様性と対立性』(1966)においてポストモダニズムの理論を展開し、ミースの言葉を皮肉る『レス イズ ボア(少ないことはつまんない)』の言葉を掲げ、
歴史主義的なデザイン、土着的なデザイン、象徴的なデザイン、装飾的なデザインなど建物の表情の多様性を唱える。これまで半世紀にわたって支配してきたモダニズムの簡潔で機能重視のデザインに辟易してきた建築家たちは競ってこの考えに賛同した。
ニューヨークでもそれまでモダニズムの巨匠フィリップ・ジョンソンが歴史主義的なデザインでAT & T ビルを56丁目の一角に作る。そして、今、建築の世界は巨匠無き世界へ迷い込んでいる。
こうしてみると
ニューヨークはその経済力を背景に19世紀から今日までずっと新しい建築の実験場であり展示場であった。たった5日間の滞在であったが、ガイドブック片手にひたすら駆け廻っていたような気がする。「印象は?」と訊かれれば「意外とたいしたことはなかった」と答えざるを得ない。あまりにも情報が溢れ過ぎているせいもあるが、年がいって貪欲さが薄れてしまったのかもしれない。
万が一、再び
ニューヨークを訪れることがあるとすれば『ティファニーで朝食を』の旅をしてみたいものである。