20世紀になると
ニューヨークは急発展をとげる。中心地であったローアー
マンハッタンはもはや過密状態で、郊外の聖パトリック教会を中心にミッドタウンに新しい街区が整備され、次から次へと高層ビルが建設され、摩天楼と呼ばれる
ニューヨークの街が形成される。そして、1925年パリでアールデコ展が開かれ、そのデサインは旧守的なヨーロッパを離れ
進取の気あふれる
マンハッタンの地に開花する。アールデコの特徴は、直線(一点から発する放射線)、円や円弧、波模様、イナズマ模様、流線型モチーフなどの幾何学模様であり、合理性を重んじる当時のアメリカの風潮に合致したのかもしれない。1900年様式と呼ばれる
アールヌーボーに対して1925年様式ともよばれるが、双方には表面的な装飾パターンの違いしかなく、
1929年以降の大恐慌とともに衰退していく。むしろ、形態に大きく影響を及ぼしたのは1916年に施行されたゾーニング法(斜線制限)で、セットバックした形態のビルが建つようになった。この形態は構造的にも視覚的にも安定感を与えてくれるが、
もう一つは高層ビルの縦動線として必要なエレベーターの台数(高層階ほど少なくて済む)の影響もある。例えばエンパイアステートビルでは1部分には67個のエレベーターがあり、有効部分はほんの少しである。今日のような高速、大型エレベーターが無かった時代の話である。
クライスラービルは余りにも有名でアールデコを代表する建物である。ご存知のようにアメリカを代表する自動車メーカーの本社ビルで、搭状部のステンレス製の輝く装飾は車のホイールをイメージしたもので全て自社の工場から調達したという。内部装飾も全てアールデコ様式で統一されており、その装飾美でニョーヨークを代表する建築と言える。
エンパイアステートビルも1年遅れで完成したアールデコ様式の建物で102階443m(塔の先端)の高さは1980年ワールドトレードセンターが完成するまで世界一を誇っていた。前年に完成したヴァン・アレンのクライスラービルが最高の高さを記録したと分かると、『飛行船の繋留』という名目で塔状部分を継ぎ足しその座を確保したという。
他愛も無いことであるが、この高さへの執着は建築家に共通するもののようで、『マイクロウェーブアンテナ置き場』という理由で屋上部に小屋組みをしてサンシャインビルを凌ぐ日本一の高さを確保した(既に、ランドマークタワーの計画が進んでいたのであまり話題にならなかった。)新宿の都庁の計画を思い出す。
尚、エレベーターホールにある
レリーフはアールデコ芸術の特徴を最も良く表す作品として有名です。
また、
ニューヨークのクリスマスツリーで有名なロックフェラー・センターはアールデコの集大成として有名で、フッドが設計した正面のGEビルを中心に垂直性を強調したデザインで統一された21のビルが林立し約65000人の職場を提供している。
1928年コロンビア大学から植物園の跡地を貸借したロックフェラーJRは、当初、オペラ劇場を中心とした文化センターを計画したがが、1929年の大恐慌を経て、大規模な商業施設コンプレックスに計画変更された。
5番街からの軸線の両側にはイギリス館、フランス館がシンメトリーに配置され軸線上の細長い広場はチャンネル(海峡)ガーデンと呼ばれ、正面のサンクンガーデンに導かれる。ニューヨクークで唯一威厳の感じられる一画である。